はじめに
このブログは、やりたいことや選択肢はあるのに、「何を決めるか/今は決めないか」で止まってしまう人のために書いています。
私は、意思決定の整理担当です。正解は出しません。アドバイスもしません。ただ、考える順番と論点を整理し、あなたが決められる状態をつくります。
「自分で決めたいのに、誰かに決めてほしい」と感じる瞬間
「自分で決めたいとは思っている。でも正直、誰かに決めてほしい」
優秀な個人事業主や経営者ほど、この感覚を一度は経験しています。
ここで多くの人が誤解します。
これは意思が弱いからでも、責任から逃げたいからでもありません。
むしろ、きちんと考えようとしている人ほど起きる現象です。
考えている。情報も集めている。選択肢もある。
それなのに、最後の一歩だけが踏み出せない。
この状態は、能力の問題ではなく、思考の中で役割が混線しているサインです。
誰かに決めてほしいとき、思考では何が混ざっているのか
意思決定が重くなるとき、思考の中では主に三つのものが同時に扱われています。
1つ目は「判断」
どれを選ぶか、何をやるか、やらないか。
2つ目は「責任」
選んだ結果を引き受けられるか、失敗したらどうするか。
3つ目は「不安」
他人からどう見られるか、後悔したくない。
4つ目は「正解探し」
間違っていないか、正解かどうか
本来、これらは同時に考えるものではありません。
しかし多くの場合、この四つが一つの塊として扱われます。
すると、思考は一気に重くなります。
抽象的な例で言えば、
「この判断で失敗したらどう思われるだろうか」という問いは、
判断・責任・評価を一気に背負わせています。
具体的な場面で言うと、
新しいサービスを出すか迷っている経営者が、
「本当に需要はあるのか」「失敗したら信用を失うのでは」「周りはどう思うか」
を同時に考え始めた瞬間、決断は止まります。
この状態になると、人は無意識にこう感じます。
「もう誰かに決めてほしい」
これは依存ではありません。
思考を軽くするための自然な反応です。
誰かに決めてほしいと感じたとき、思考の中で起きていること

決められないのは、責任を放棄したいからではない
ここで重要な視点があります。
「誰かに決めてほしい」と感じたとき、
本当に手放したいのは決断そのものではありません。
手放したいのは、
・判断と責任を同時に背負う重さ
・正解かどうかを今ここで確定させる圧
・評価まで含めて考え続ける疲労
つまり、扱い方が整理されていない状態が苦しいのです。
順番を分ければ、
判断は判断として扱える。
責任は後から引き取れる。
評価は今決める必要がない。
それだけで、思考は驚くほど静かになります。
「決められる状態」は、つくることができる
決断できないのは、能力の問題でも、覚悟の問題でもありません。
思考の扱い方が整理されていないだけです。
誰かに決めてほしいと感じたときは、
「自分がダメだ」と考える必要はありません。
それは、一度整理したほうがいい状態に入った合図です。
判断を急がなくていい。
まずは、何を今決めるのか、何を保留するのか。
そこを分けるだけで、思考は前に進み始めます。
おわりに
決断できない原因は、能力や覚悟ではなく、判断の扱い方が整理されていないだけということがほとんどです。
もし今、「決めること自体に疲れている」なら、一度、判断を仕分けるところから始めてみてください。
私は、意思決定の交通整理をしています。


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